超音波、心電図、動脈硬化指標など統合システム化

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ワイヤレス 携帯 連続 動脈硬化指標

2011年4月2日土曜日

東日本災害への医療支援

現地活動の報告をさせていただきます。

3月18日の夜にレンタカー部隊と S市バス同乗部隊(荷物積み込み)に分かれて出発、19日早朝5時半ころに到着しました。
まず我々が行ったのは 現地(大船渡市)での K医療支援チームの現地本部立ち上げでした。
K医療チーム現地本部立ち上げ完了したあとで今後は 薬、医薬品(持参以外に全国から医療物資が送られてきています)の備蓄本部を市役所内(一階)立ち上げました。
ここを薬や医薬品の補充の拠点とすることにしました。(他の医療支援チームのここの医薬品を協同で使っていただく)
それらの本部立ち上げ仕事と並行して 現地大船渡市の災害対策本部、企画調整課 医療福祉課との業務内容の調整を行いました。
我々里現地チームと 大船渡市で唯一の急性期の役割を果たしている 県立大船渡病院(高台にありライフライン復旧)救命センターとのパイプ作り(救命センター長先生は私はDMATインストラクターでご一緒させていただいていますのでスムーズにいきました)S市(Sと大船渡が姉妹都市の関係で消防関係者を中心に現地へ派遣されています)現地責任者との調整、協力体制確立を行いました。
そして 医療活動を早速到着午前中からスタートしました。
大船渡市は中心部まで津波が押し寄せ市街地も壊滅状態であります。
また海岸線の村はそのまま流されている状況で跡形もなくなっています。
まず海岸線にある末埼町へと出向き活動を開始しました。
K医療チームは 医師3人(救急・循環器1人、精神科1 小児1) 看護師2 薬剤師1 ロジ1の計7人のチームというのが特徴です。
初日だけで70人の患者を診察しました。
しかしカルテなども満足になく(以前入ったNチームのカルテを参考に我々であらたにカルテを作りました 現在はそのカルテを継続して使用しています)、電話も衛星携帯電話のみしか通じず、もちろんライフラインもだめでしたが なんとか診察活動が終わりました。
また重症患者については 上記のように 県立大船渡病院への受け入れルートを作りました。大船渡病院で対応が難しい場合はヘリで岩手医大への搬送ルートも確保できました。

大船渡市の 市長、副市長とも面談してきました。
市長からは 今回のK病院としての支援への御礼をいただきぜひ病院幹部の先生かたによろしくお伝えしていただきたいとの伝言をお預かりしました。 
K病院の活動に非常に感謝していただき、より一層の、可能な範囲でぜひ継続した支援をお願いしたいとの申し出もありました。
私からは 病院に持ち帰り、病院幹部の先生方にお伝えしますと回答のみにとどめております。
ぜひ今後のK医療支援を御考慮いただければ幸いです。

現地ではいろいろな医療チームも入っていますがKのようにメディカル、コメディカルが協力して車両を持ち込んで(出発前に S警察署の協力で緊急通行証を取得して被災地に入っております)現地活動しているところはあまりないようでした。
毎夜 18時か19時には 大船渡市に入っている医療チーム全員(佐久市、岡山県などからも派遣)でミーティングを持ち課題、問題点などを話し合う会ができました。翌日の活動方針や問題点、課題などを全員で話し合っております。

3日目は診療活動がスムーズになり 救護所周りの活動で110人以上の患者診察、処方、そして 在宅支援など小さなチームでの活動もスタートしました。

我々の活動は先遣隊として なんとか現地拠点を作るということでしたので生活環境立ち上げも行いました。
市役所の3階の会議室(会議でも使う兼用部屋ですが)で夜は寝袋で寝ました 食事は持参物品のカロリーメイトや持ち込んだ水で作るレトルトドライカレー、レトルトお粥などがあります。自衛隊の給水車両からも水をもらったりして K医療チームの衣食住は我々のみで完結できる態勢を作れました。(もちろん被災地から食料をもらうわけにはいきませんので・・・・)  ライフライン復旧がかぎられますので当然風呂も水道 お湯もありません。バケツの水のみです。 ただ、大船渡市役所周辺が電気が復旧したことが大きかったです。また3月20日夜からは通信環境も改善してそれまで 衛星電話のみが唯一の通信手段だったのが 一般携帯が通じる(不安定ですが)ようになったことが劇的に活動状況(特に 医療チーム第二陣、第三陣への連絡をとれるようになったこと)を好転させました。

第二陣に我々の活動状況やS市現地責任者、大船渡市スタッフとの綿密な連携体制などを引き継いで戻ってきました。

我々先遣隊7人は常に チーム内でミーティングを重ねてきました。そこでの課題(もちろん、大船渡市 保健医療課とも話し合っています)を報告します。
・救護所活動で 発熱・喘息などの急性期疾患の対応はよい。しかし、高血圧、脳梗塞既往などの慢性疾患の処方(町で唯一の医院も津波で流されてしまった)についてはいつまで救護所での医療支援を行うかジレンマ。つまり、我々が処方することが 悪く言うと「一時しのぎ」になってしまう。今回処方できても 次の一週間は? 一か月後はどうする?という根本的問題が発生する。我々としては 今後は中長期的視点にたって なんとか大船渡市が自立できるように、その体制支援に活動の中心を替えていくべきではないのか、ということ。
(やはり地元の中核を決めてそこを支援することが 長期的には必ず有用となる)
・Kの医療チーム活動をいつまで続けるのか、どういう戦略でいくのか の プラン策定が必須であること。
もし、第5次で医療チーム派遣を中止すると決定するのであればできるだけ早く現地の医療部隊、大船渡市にもハッキリ伝えてそういう体制を(K医療チームがいなくなっても地元に引き継ぐ体制の事も考える)確立するように尽力すべき。つまり、「今日までK医療チームがフルに活動し明日からは誰も来ない」というようなことになると地元が大混乱してしまう、ということです。 終了するならばそれなりの準備をしてから終了すべきということですこれも地元のためには必須です。

もちろん、現地の体制は 津波ですべてが飲み込まれてしまった状況です。市役所の職員の方々も被災者であり、24時間不眠不休での活動には頭がさがる思いでした。その中で上記のような根本的解決策を見出す、確立していく段階まできていません。
海岸部は本当に目をそむけたくなる惨状です。
だからこそ、なおさら我々K医療チームとしても 決して「その場限り支援」ではなく、 今後 1か月、3か月、半年・・・と続いていく被災地の復興体制を考えながら医療支援を行う必要があると強く感じた次第です。

以上 K医療チーム先遣隊7人を代表して報告とさせていただきます。
冒頭に述べたように我々7人が現場で活動ができたのは 院内に残りながら我々の活動支援、オンコールや当直 勤務交代などしていただいたたくさんのスタッフのおかげです。
現在 現地では 雨で寒い中(本日の夜は雨、 震度4の余震も頻発しております ライフラインもまだまだでカロリーメイトばかり食べる生活です 午後の診療活動では150人くらいの患者が押し寄せたとの報告が先ほどありました 現地の部隊もなんとか明日はよりよい体制にしようとみんなで話し合っているところだそうです)第二陣の医療スタッフが頑張っております。
我々先遣隊同様 引き続きご支援をお願いいたします。

K大学 救命救急センター  循環器内科

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